
山本昌(32年)
「僕は速球派ですから」
>>2006年の投球割合における直球の割合は松坂と同じ(46%)
工藤公康(29年)
「試合の中が一番いいんです。試合が終わった後であの球はああだったこうだったと言っても遅い」
※城島のサイン通りに投げて打たれた後、試合中に注意する理由
中嶋聡(29年)
「ミットが届かなかったんです」
※星野伸之の外角に外れたスローカーブを素手で捕った後、気分を害した星野に対して。
谷繁元信(3021試合)
「捕手は試合中に段々左手がしびれてくる。なので試合終盤はバットになかなか力が入らない。阿部君とかは凄いと思う」
これは本当に大変なんだなと思った
野村克也(11,970打席)
「才能には限界がある。でも、頭脳に限界はない」
さすがテスト生。
かっこE
流石に格が違うわ
これは一般人にもぶっささる
ワイ浪人生は不満顔
大田「なるほど」
野村克也(10,472打数)
「環境が人を育てるというのもありますから、安いクラブやバーには一切行かずに、一流の店に行くことにしました。まあ、私は酒を一滴も飲めないのですが」
そこでサチ(ry
ささやきに使う情報を仕入れに行ってたんだよな
「ストレスから逃げるのではなく、当たり前だと考えなくちゃ、この仕事はできません」
ワタミ「ストレスから逃げるのではなく、当たり前だと考えなくちゃ、この仕事はできません」
レロン・リー(.320)>>4,000打数以上
「ナガイ(永射保)の顔も見たくない」
※左のアンダー気味のサイド永射を余りに打てず右打席に入った時。結果は凡打。
若松勉(.349)>>300打数以上
「ファンの皆様、本当に…あのぉ、おめでとうございます!」
真中監督も言ってたなぁ(しみじみ)
草
ハゲー!
張本勲(3,085安打)
「(野球は)露骨に頭めがけて投げるようなのはダメだけどルールのある喧嘩と同じ」
「闘争心を持って臨まないと絶対に成功しない商売ですよ」
宮川孝雄(186安打)
「一番いい場面で、周囲が注目する中、打席に向かう。ウエーティングサークルからそこまでが、男の花道」
※弱い時代の広島の代打の切り札。スカウトとしても前田智徳の素材を見抜く。
これは男
清原和博(20安打)
「夢は逃げない。自分が夢から逃げるだけ」
入団の経緯が経緯だけに。
かっこいいンゴねぇ……
これがどうしてこうなった……
元は田中トシオの名言だからね、仕方ないね
悲しいなあ
立浪和義(487本)
「小さい身体がハンデだとは思いません。 気持ちで負けない限りは。」
あの小動物系の顔と熱いプレーのアンバランスさが逆に良かった。
立浪ってネタにされてるけど凄い選手やもんなあ
立浪は「福本さんの足がもう少し遅ければ最多二塁打は福本さんですよ」みたいなやつが好き、ほんと好き
福本豊(115本)
「着払いやね」
※こう評されたのは東出。お疲れさまでした。
「清原くんにはシンカーに見えたということですね」
※山田久志は当時、清原にシンカーをホームランにされたら引退すると宣言していた。結果、ストレートをホームランにされたが清原は試合後「シンカーを打った!シンカーを打った!」と大喜びした。これを聞いて山田久志は引退を決意した
王貞治(868本)
「もう打てないんじゃないかという恐怖は、常について回るんです。
結果を残してきた人ほど不安と戦ってきたはずだし、恐怖心を持っていない人は本物じゃない。
その怖さを打ち消したいがために、練習するわけです」
高井保弘(27本)
「お前ら、帰る準備しとけ」
※サヨナラヒットを打つ直前に
実際打ったんか?
かっけえな
江夏から打ったってのがかっこE
これホンマかっこいい
漫画みたい
清原和博(12本)
「真っ直ぐ以外こない。三振かホームランか二つに一つ。しばくだけや」
※伊良部の158kmストレートに対して
伊良部対清原、野茂対清原
名勝負製造機やった
清原らしい
伊良部も伊良部でかっけー
中村剛也(16本)
「感覚的なことなので、なかなか説明するのは難しいが、ボールがバットに長くくっついている感じ」
※以前はポイントが前だったが変えた事についての説明
天才特有のなにいってだこいつ
凡人には一生この感覚わからんのやろな
福本豊(43本)
「(当時ヤクルト)この五十嵐君、150キロとか騒いどるけどね、実際は140ちょっとくらいでんな」
↓
その後実際に投球を見て
↓
「うわっ!速っ!」
可愛い
草生える
もっさんほんと好き
くっそかわいいwww
木塚忠助(5本)
「俺は金では動かない」
※巨人からのオファーに対して。しかしボーナスが出る10年目直前に南海を放出される。
あの狭い時代ですげぇな
福留「ほーん、で?」
杉山悟(5本)
「春の珍事です」
※昭和27年、開幕して21試合時点で15HR打った時のコメント。実際にその後ぱったり止まって27本で終わるが本塁打王は死守。
その時代ってホームランくっそ少ない時代やろ?
すごe
阿部、金本を思い出すな
フェルナンド・セギノール(9度)
「優勝したらパナマ運河に飛び込む」
※オリックス入団会見で
金田正一(36本)※他に代打で打ったもの2本。
「当時は野球がどういうものかも知らんかった」
「進駐軍のトラックにグローブが置いてあったんや。しかも左利き用のな」
「これは野球の神様が与えてくれたと確信したわ」
※その場で射殺されてもなんらおかしくないね。やっぱ運が凄いね金やん
凄えななんか
運命やな
そら180キロ出してたわ
王貞治(5,862塁打)
「チームも人も、成長するときは45度の角度で一本調子で上がっていくことはない」
「最初はじわじわ上がっていくもの」
「監督はその時期を我慢して使ってあげなければならない」
※自戒を込めて、もあるかも。
井口が大成したのはこの思想のおかげやな
張本勲(251回)
セーフティーバントの名人だった近鉄・ブルームに
「後輩に技術を伝えたい。ぜひそのバントの技を教えてくれ」
※当然自分のためです
王貞治(2,170打点)
「おいお前はいい商売だな。こっちは苦しんでるのに好きなことしゃべってるだけでお金貰えて」
※バックネット越しに放送席にいる板東英二に向かって。この時マイクが入っていた。
宮川孝雄(118打点)
「オレは約束どおり指名したぞ。男なら約束を守ったらどうだ」
※当初ダイエーが3位、広島が4位で前田智徳を指名すると見られていた。
が、ダイエーはスルーし広島が獲得。
ダイエーのはずだったのに・・・と未練を残す前田に対して。
王貞治(1,967得点)
「ホークスは、そこそこやって、そこそこ給料貰おう、という空気だった」
「そうした意識を変えるのが本当に大変だった」
「とにかく言い続けるしか無かった。優勝を目指そう」
「この世界で生きていける技術を身につけよう。それには練習しかない」
王貞治(2,504)
「自分が投手で通用しない事はうすうす勘付いてはいた」
「でも野球をやる者なら誰もが投手でやりたい、と思うから寂しくもあった」
※入団してすぐに野手転向を通告されて
王貞治(2,390)
「別に。使っているのは監督さんです」
>>1年目、不振なのに起用されることに重圧は無いかの問いに。
「結果を出していないのに一軍には上がれません。」
当時、藤井はガンに侵され余命3ヶ月の診断を受けていた。
しかし、驚異的な回復力で二軍の試合に登板。病状を知る当時の王監督が藤井に一軍昇格を伝えた時の一言。
その年の日本シリーズ開幕直前に藤井は亡くなった(享年31)
王貞治(427)
「ノムさん、悪いけど荒川さんとの練習があるので、僕はここで失礼します」
※銀座で野村克也と飲んでいる際、22時をまわった時に。
これはすごいわ
ノムさんの方が先輩やのにな
清原和博(196)
「巨人は富士山と一緒で、遠くから見れば綺麗だが登ってみるとゴミだらけ」
清原、指三本出して「三度目やぞ!」
藪「年俸三億もらってるって意味でしょ」
清原和博(1,955)
「NO」(即答
※巨人に入って後悔したか、との問いに
福本豊(1,065)
「ユニフォームやね」
※オマリーが移籍してどこが変わったか、の問いに
草
もっさんは漫才師としても一流やな
福本豊(299)
「僕は野球キチガイやからね」
アナ「えーと、あの」
「甲子園ならトラキチやね。東京ドームにもキチガイよーおりまっせ」
アナ「さて試合の方ですが・・・」
CM明け
アナ「さて先ほど不適切な・・・」
「トラキチはええやろ!」
トラ(ファンの)キチ(ガイ)がセーフな訳無いんですが、それは
与那嶺要(11)
「タイミングはアウトでもスライディングの仕方でセーフにできる」
※日本人にスライディングのイロハを教えた日系ハワイ人選手
鈴木尚広(更新中)
「ピッチャーも相手ベンチも、球場全体を自分の世界に引き込んで勝負したい」
それができる代走選手は彼だけ
川相昌弘(533)
「監督やコーチからなんと言われようと、もういいです、それでけっこうです、とは絶対に言うな。
そう言ったら終わりなんだ、この世界は。どんなことがあっても「やる」って言え」
※落ち込み易い荒木に対して
野村克也(113)
「天才はそれでいいんですがねえ」
※野球教室で「来た球をこう、打つんだ」と言う篠塚を見て。
野村克也(378)
「ホームランが出る確率は王だって一割を切る。高くはない」
中利夫(21回)
「頼む。そのグラブが欲しい」
※同僚投手が買ったばかりのアメリカ製グラブを試しにはめたら異常にフィット感が良く、
是が非でも自分のものにしたくなった為。
中はそれを引退まで10年以上ボロボロになっても使い続けた。
高木守道(5866回)
「だったら早く打たれとけ!」
※板東英二が二塁打を2本打たれるも何れの走者も牽制で刺した後、サヨナラHRを打たれた際に言い放った
白石勝巳(646失策)
「勿体無くて打てんのじゃ」
※初球をほぼ全て見送る理由をきかれて
米田哲也(949試合)
「阪神の渡辺さんは制球はいいけど遅く、国鉄の金田さんは速いけど制球が悪い」
「これなら自分でもプロでやれるかなと思った」
※地元米子で初めてプロ野球を生で見て
これ好き
米田哲也(626試合)
「打者としてダメだったらそこまでだが、投手としてダメでもそこから打者としてやっていくことはできる」
※入団時に野手転向を勧められて
岩瀬仁紀(更新中)
「アウトをひとつ取る難しさを最初に味わい、その重みを感じながらやってきた」
金田正一(365完投)
「太平洋(クラブ)の田舎球団が!」
※もちろんプロレスです
金田正一(5,526回2/3)
「わしがメジャー行ってたら毎年サイ・ヤング賞や!」
記者「いや、当時はまだその賞はありませんでして」
「なに?それならマサイチ・カネダ賞が制定されてるはずや!」
この年齢で頭がキレキレな所が凄い
ノムにしてもそうだけど
昔の野球選手って年取っても頭の回転早いよな
飯島 秀雄
「最高の場面で使ってもらって初盗塁ができ、チームもサヨナラ勝ちした。うれしくて体がムズムズしてきた。いつでも走れるようにもっと練習したい」
※初出場代走出場で初球スチールを決めた試合のヒロインにて
ご存じ元陸上選手
金田正一(400勝)
「ちょっと待て、園川は打たれるぞ」
※先発でまだ1球も投げてない園様を見て「交代させる」と主張する金やん。
それを見た愛甲が園川に伝えると
「バカじゃねえの」
阪神時代のノムサンがぶちギレて投手交代しようとしたの思い出した
鈴木啓示(288勝)
「俺は今まで通り鈴木で、あっちを鈴木康にすればいいだろう」
※ヤクルトから鈴木(王に756号を打たれた投手)が来ることで
表記が鈴木啓になることに反発して。
金田正一(298敗)
「一人前の野球選手が自分で車なんか運転したらいかん」
※試合前後に無駄な神経を使うなという意味
ヴィクトル・スタルヒン(83完封)
「先輩、アメリカって外国人ばかりですね」
※アメリカ遠征時に。見た目は外国人だが日本でずっと育った為。
今の時代にもいそう
藤本英雄(.697)>>2000投球回以上
「ロウソクが消える前に、火がパッと輝くでしょ。あれと同じ」
※昭和25年6月28日、NPB初の完全試合を達成した時
ちなみに引退はいつや?
昭和30年だけど、実質28年が最後やね。
サンクス
全然最後の輝きやないやんけ
1955年、完全試合の5年後やな
藤本英雄(1.90)>>2000投球回以上
「最後はスライダーだ」
※上記の完全試合最後の打者、小島と雑誌で対談した際に
小島が「俺は追い込まれると外角の変化球に手出しちゃうんだよね」
と漏らしたのを思い出して。
鈴木啓示(78試合)
「目をつぶって投げてもストライクにできる自信はある」
岩瀬仁紀(更新中)
「ストレスから逃げるのではなく当たり前だと考えなくちゃ、この仕事はできません。」
山口鉄也(更新中)
「紳士たれというのも、必要だと思います。ジャイアンツの選手がチャラチャラした恰好をしていたら、イメージを壊してしまうと思うので」
紳士球団のイメージは約二名のせいでもうボロボロ
金田正一(4,490奪三振)
「どうすれば、お客様が喜んでくれるか。明るくて楽しくて健康的な野球をすることが一番。ロッテの野球はこれに徹してやる」
※第1次政権の時
鈴木啓示(560本)
「男の勲章だと思っている。そもそも560本打たれても使われる投手はいない」
敗戦記録もやけどそれだけ信頼されてた結果やからな~
米田哲也(4,561被安打)
「小山さんがガクっと衰えていくのを見て、自分まで闘争心がなくなってしまった。
小山さんがもう少し頑張ってくれていたら自分も400勝くらい行ったかも知れない」
400勝くらい、って言えるのは金やん以外では米田だけ。
「すみませーん、カレーライス!」
キャンプ地で選手たちをある店へと誘導。「この店はうどんが有名なんだ。」と言うので選手たちは皆うどんを注文。すると最後に長嶋が一言。
ミスターwwwwwwwww
金田正一(1,808)
「これから、ロッテの選手諸君をスターにしてみせる。
少なくとも、道を歩いていてだれにも振りむかれないようにことだけはなくしてみせる」
好き嫌い分かれるがこういう面は支持されるだろうな。
カネヤンってプロフェッショナルなエンターテイナーや
東尾修(165与死球)
「プロ野球は教育の一環じゃないんだ」
※乱闘等は教育上子供に見せるのはよくないんじゃ・・・とインタビュアーが言いかけた所で
村田兆治(148暴投)
「俺もここで終わりだ。だからお前も引退だ」
※長い間女房役として受けてきた袴田に対して。
江本孟紀(24ボーク)
「今に始まったことやない。首脳陣はオレを信用しとらんし、どう使おうというのかさっぱり分からん。
156球も投げとるんやから、疲れてるのは分かっとったやろうに、ピンチのところでは代えずに、
同点にされてベンチに戻ったら降板が決まっとった。そんなアホなことがあるか?
とにかく、これまでも、あっさり代えられたり、信用しとらんのや」
※例のベンチがアホやから野球ができへん、の発言を真意を聞かれて。
これで首脳陣批判を認めてしまった。その後引退。
米田哲也(1,940失点)
「ライバルというより悪魔のような存在だったよ」
※稲尾について。チームの実力差もあり阪急は稲尾に負けまくった。
ガソリンタンクと呼ばれた人やっけ
そんな人が恐れる稲尾マジ鉄腕すぎる
タフィ・ローズ(14回)
「俺に気を使っているなら敬遠を止めてくれ」
※味方バッテリーに対して。結果、カブレラに勝負し打たれてローズはタイトルを逃す。
三原脩(3,245試合)
「アマは和して勝つ。プロは勝って和す」
鶴岡一人(1,773勝)
「指揮官が悪い部隊は、全滅する」
※本当の戦争の意味も入ってます
時代を感じるンゴ
身に染みて良くわかる
ちな鷲
鶴岡一人(11回)
「グラウンドにはゼニが落ちている」
「そのゼニが欲しければ練習しろ」
これは超有名
川上哲治(11回)
「淡口は親孝行だから」
※もちろんそれだけが理由じゃないんだろうけどさw
「淡口は親孝行だから(親に楽をさせるために練習もいっぱいするだろうし、指導者のいうこともよく聞くから大成する)」
何そのどんでんみたいなの
藤本定義(29年)
「30勝投手を出すのは監督の恥」
※先発ローテーション制度をいち早く導入していた。
深いなあ
鶴岡一人(南海ホークス、20年)>>1962年に休養期間あり
「お前は体が小さいから大学へ行く方がいい」
※南海に入りたいと言ってきた高田繁に対し
面白かったで
サンキューイッチ





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